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「ネットレーベルの多くが、受け取ったデモを(クオリティ・フィルターにかけずに)そのままリリースしているから、くだらないリリースであふれかえっている、だからネットオーディオシーンのほとんどはつまらない。そんな、フィルターをかけられないネットレーベル運営者に向けて、小技を伝授する。デモから2〜4曲選んで、それだけをリリースする。そうすればネットレーベルのカタログは、少量ながらもリスナーにとってよりよく且つ楽しめるものになる。さあ、JahtariやBaroque Dubのような『盆栽』リリースに倣ってみよう!」
例の自称「netlabel addict」が、また訳のわからないことを言いにやってきた。大まかに、上の如くなる。以前はリリースのペースが早すぎて多すぎてどうのこうのとわめいていたけれど、今度は一つのリリースにおける量について、というわけだ。しかし、こんな莫迦げた提案は、到底受け入れられるものではない。またしても、リスナーのこと(もっと端的に言えば「netlabel addict」自身のこと)しか考えていない我侭を垂れ流している。
2〜4曲選ぶということは、曲数も演奏時間もある程度統一され(演奏時間についてはそうはならないだろうけれど)、カタログを眺めても、かなり整った印象を受ける。小粒でピリリとしたものが勢ぞろいしていれば、リスナーは時間という手間をかけずに確実にいいものばかり聴けるし、レーベルは時間という手間をかけずに確実にいいものばかり聴いてもらえるから、これほどいいことはない、ということだろう。ハードディスクにリリースを溜め込む「ネットレーベル・コレクター」にとっても、コンパクトにまとまっていて尚且つ価値のある(価値の高い)コレクションになる。リスナーとネットレーベル運営者については、そうでよかろう。
では、アーティストの側からすればどうか。アルバムを制作してデモを持ち寄るアーティストもいるわけで、そういう場合、当然それがアルバム全体で聴かれるべくして作っている(アルバムに見えて実は寄せ集めに過ぎなかったというデモもたまーにあるが、それは別として)。それなのに、抜粋された状態でしかリリースしないよ、となれば、アーティストはどう捉えるか。その選別された結果を(しぶしぶながら)受け入れてリリースしてもらうか、そのネットレーベルからのリリースを諦めて他のレーベルへ行くかになるだろう。もしくは、他のサービスや自身のサイト上で公開することになる。
「netlabel addict」は、聴き終えるのに時間もかかるしディスクに保存するのにもスペースが嵩むからといって、ネットオーディオシーンからアルバム/LPを締め出そうとしているのだろうか。前にも述べたように、Internet Archiveにおけるリリースを手当たり次第チェックしようとする聴き方に問題があるのだ。ネットレーベルたちが非難される謂れはない。レーベル側からアーティストに対して、追加・削減・変更などの意見を述べることはあるし、アーティストの意図を汲んでありのままを受け入れることもある。そうしてリリースを成しているのだと考える。
新しいレーベルとその楽曲を求めていろいろ探索するのは、いつも首尾よくいくものではない(それは、かつてInternet Archiveのネットレーベルリストから、リリース数の少ないところを選んで総当たりに近い形で聴き廻っていった私もよく知っている)。そういう失敗が付き物なのに、「リリースのペースが早い」とか「一つのリリースの量が多い」とか不満をぶちまけ、「1〜2ヶ月おきにリリースせよ」だの「リリースを2〜4曲に精選せよ」だの、自分の理想をネットオーディオシーンに押しつけているのである。
「netlabel addict」はまたしても「ハイ・クオリティ」を錦の御旗に掲げているわけだが、所詮その思想は、彼にしか適さない独りよがりである。そして彼の理論は、自分が面倒を被るのはいやだから、ネットレーベルの方で何とかしろと言っているようなもので、自分勝手もいいところだ。ネットレーベルは「netlabel addict」の為に在るのではない。そもそも、リスナーの側にも、アルバム/LPで聴きたいという人はいるのだ。「2〜4曲のセレクトが好ましい」と言うのは、リスナーの総意ではない。
彼の以前の愚痴に対するコメントとして、「盛んにリリースするレーベルは、そのカタログ数によって自らを誇り、シーンに対して権力を持っているかのように振る舞う」と言う旨があった。私はそうではないと考える。自らを誇るためにカタログ数を延ばしているのではない。制作者(とその期待)が集まるからカタログ数が伸びるのだ。そして今、確かに「自らを誇り」、「権力を持っているかのように振る舞う」者がいる。他ならぬ「netlabel addict」自身がそうだ。サイトに「Netlabel Music Meter」なるものを掲載し、自分がどれだけネットレーベルシーンに入れ込んでいるかを示している。
ここで、2〜4曲のセレクトEPもしくはミニアルバムだけが流通するネットオーディオシーンを考えてみる。良質な楽曲ばかりをスマートに配したリリースが並び、次から次へと聴いて廻るのも容易い。時折、その曲数に何か物足りない気がするだろうが、それを解消してくれそうなのは、別の「何か物足りないもの」なのかもしれない。或いは、植物園に喩えてもよいだろう。理路整然とした園内に入ると、確かに様々な植物を観賞できる。しかし辺りを見渡すと、聳え立つ大木も、犇く群落も、色鮮やかに咲き乱れる花畑も、一面を覆う草原もない。ただ丁寧に手入れされた盆栽が並んでいるだけである。
CDなどの物理的なリリースや、商業ベースではできないことをやれるのが、ネットオーディオシーンの強みではなかったか。売り物とするには拙いかもしれないが、売り物にするつもりはないが、聴いてもらいたい、そんなものがネットオーディオシーンを通じて広まってきた。あまりにも広大で多様で、目当てのものになかなか辿り着けなくて苦労させられるが、おもしろいものが発掘できる時だってある。それがネットオーディオシーンではなかったか。「netlabel addict」は、その気軽さや多様性を排除しようとしている。自由を奪うような独善的な意見には、全くもって賛同できない。